おのおのの関心をたずさえた老若男女が円座を組んで、分野の垣根をこえた言葉を交わし、お互いの探求を深めあっていく場所です。自分にとって最も切実であるからこそ直ぐには言葉にならない思考を、言葉に詰まりながら、とつとつと、ぎこちなく語りあう。常に何かを考えていながらも、何を考えようとしているのか自分でもまだ掴めない。そんな思考のもどかしさを学友と分かち合いながら、ゆっくりと形にしていくために。
解剖学者の養老孟司さんが、何かを学ぶということは死ぬということですからね、と述べていたけれど、それは本当のことだ。
身体に宿る知性、環境に広がる心、意識の起源、Life as it could be。あるいは相対性理論や量子論、不完全性定理に不確定性原理。学問の世界には、人生をまっすぐに生きているだけでは夢想だにできない問いや考えが、ごろごろと転がっている。こうした非自明な思考、力強い問掛けに触れて戦慄を覚えたとき、それまでの自分に形を与えていた常識はぐらつき、かつて存在していた自分はそこからいなくなってしまう。それはいっぺん死んで、新しい自分の姿を生き直すという経験に他ならない。
学びの場所とはまず何よりも、こうした自分独りでは夢にも見ない思想、それが故に、ともすれば一度もそれに触れることのないまま人生を往きかねない思想に、ふと出会える場所でなくてはならない。
それにしても、こうした夢想もできないはずの世界、たとえば相対性理論の世界をはじめに夢想し得たのは、一体誰だったのだろうか。ときどきふと、そんなことを考える。もちろんそれは、誰もが知っているように、かのアインシュタインによって生みだされたものに違いない。しかもアインシュタインは、研究資金を大学に頼ることもなく、特許庁へのお勤めと家庭教師の収入とで賄っていたというのだから、まさに相対性理論はアインシュタインの独創による賜物であったと、一先ずは言えるだろう。
しかし本当のことを言うと、それはアインシュタインただ独りの精神によって生み落とされたものではなかったのかもしれない。アインシュタインは、彼のもとに集った家庭教師の生徒達とともに、ポアンカレやマッハなど当時最高の知性をもった学者らの書物を輪読するオリンピア・アカデミーを主宰していた。そうして、そこでの読書や談議を通じてこそ彼らは、それまでの身に纏っていた常識をひとつひとつ脱ぎ捨てて、相対性理論という新しい常識の衣を織り上げていくことができたのである。オリンピア・アカデミーは、ただ先生から生徒へと知識が受けわたされる教育の場所ではなく、そこで先生と生徒とが一緒になって、新しい常識、新しい世界、そうして新しい自分を立ち上げていく、まさに学問の現場として存在していたのだ。
アインシュタインの頭脳をめぐる孤立した情報の流れではなく、アインシュタインと生徒達、彼らの頭骨を突きぬけて行き交う融通無碍な流れのうちにこそ、相対性理論は渦を巻いて現れた。そもそも学問というものは、孤独な精神のうちにではなく、一人一人の精神を超えて広がる大きな心の場所においてこそ、その実を豊かに育んでゆくものなのだろう。不思議を想う心ひとつとってみても、それは人から人へとこともなげに伝染していく。そして遂には、ひとりひとりの精神を包みこんで広がる、ひとつの大きな不思議の心となる。こうした大きな心に支えられてこそ私たちは、自分独りでは想えない不思議を想い、感じられない美しさを感じ、考えられない物事を考えることができるのである。
この度開塾する私塾・松葉舎が、こうした大きな心の立ち上がる場所となることを願う。
江本伸悟
松葉舎では(1)塾生の探求活動(2)主宰者・江本伸悟からの講義(3)森羅万象帳の作成を軸とした授業を月2回、教室とZoomのハイブリッドで行っています。
(1)松葉舎では、塾生一人ひとりが独自に問いを立て、それを探求していきます。世界の最先端を目指す研究である必要はありません。他人からみれば些細な問いでも、世界の誰かが既に解決した問題であっても、それが自分の人生の文脈から立ちあがった真に切実な問いであれば、全力でそれに取り組む価値があります。自分の人生の幹へと立ち返り、大地に深く根を張っていくように、生きることと学ぶことを、ゆっくりと結びつけていきます。
もちろん、そのような問いを立てることは難しいことです。自分にとって切実であるからこそ、言葉になりにくく、その輪郭を掴みにくい。多くの塾生は、入塾時点でそのような問いをはっきり手にしているわけではありません。塾生同士での会話や主宰者からの助言を通じて、何を問うべきかを問いながら、私のための、個人的で、小さな研究を、じっくりと育て上げていきます。
また、松葉舎の探求は学術分野に限定されず、ダンスやファッションなど、作家としての探求活動にも開かれています。主宰者である江本伸悟に加え、ダンサー/振付家として活躍する岩渕貞太さんが相談役を務めています。
(2)各々の塾生が各々の探求に励むだけでなく、様々な分野からつどった塾生のあいだを共通の言語と関心で結びつけるハブとなるような講義を、主宰者の江本が定期的に行っています。その時々の社会情勢において着目すべきテーマを取りあげたり、時代を超えて学ばれる価値のある普遍的な学芸について解説したり、あるいは主宰者自身がそのとき最も高い関心を寄せているテーマや、塾生との会話から生まれたテーマについて話したりします。
(3)森羅万象帳とは、「雪は天からの手紙」というフレーズで有名な雪の科学者・中谷宇吉郎が、彼の学生たちと共に制作していたアルバムの名称です。宇吉郎は学生と一緒に、自分たちが美しい、興味深い、不思議だと感じた現象やトピックを森羅万象帳にまとめ、食事時にこれを開いて研究テーマの種としたり、議論を交わしたりしていたそうです。松葉舎では、Facebookのmessengerグループを用いて、雑談掲示板的に森羅万象帳を運用しています。取り取りの背景を持つ塾生と一緒に森羅万象帳を書きつらねていくことで、お互いの感性を通い合わせ、自分独りでは感じられない美しさ、不思議へと心が開かれていく場所を作りだせればと思います。
浅草橋にあるファッション私塾 coconogacco の教室と、原宿/明治神宮前駅より徒歩数分のサロンを学び舎としてお借りしています。Zoomによるオンライン参加も可能です。
第2・第4週の木曜日18:30-21:30と土曜日9:45-12:45を基本としつつ、毎月メンバーで日程調整しながら授業日を定めています。第2・第4週のいずれかの曜日からそれぞれ1回ずつ、月2回の参加を基本としておりますが、お時間に余裕があれば3回、4回とご参加いただくことも可能です。また、なんらかの事情で授業に参加できなかった際には、Zoomを使った補習を行えます。
月謝30,000円を月毎にお振り込みいただいております。金銭的苦労を抱えつつも松葉舎で学びたい方のために、月謝支払いとは異なるかたちで松葉舎に参加できる書生枠と作家枠を数枠設けております。詳しくは松葉舎の体験講習会などでお尋ねください。
科学、数学、哲学。芸術、芸能、武術。建築、ダンス、ファッション。さまざまな分野で活躍されている先生をお招きしてサロンを開催しています。ゲストの先生に講義していただいたり、塾生から発表をしてコメントをいただいたり、あるテーマについて先生を交えて話し合ったり、サロンの形式についてはその時次第です。様々の分野の一流の感性に触れられる場を作りたいと思っています。
現在、ゲストとしてお越しいただける予定の先生方は以下の通り。(敬称略)
授業日とは別に、メンバーが一つの教室に集まり、何か発表をするわけでもなく、ただ各々の作業にいそしむ松葉舎ラボを開いています。授業日の進捗報告だけでなく、ラボラトリー(=研究室)での日常の会話の中にも探求の種が隠れているという考えから、このようなラボ日を設けています。たとえば、本を読んでいて面白かったことや、文章を書いたり、制作をしたりしているときにふと思い浮かんできたアイデアを、となりで作業している学友と分かち合ってみる。あるいは、作業で行き詰まったり、効率化できるツールがないかといった相談事をメンバーに持ちかけてみる。共通の目的なくメンバーが集まり、時間を共にするからこそ生じるちょっとした会話が、意外なところで研究活動を活性化してくれるかもしれません。任意参加となりますが、お時間のあるときは是非顔をお出しください。
主宰者の江本が特定のテーマに基づいて書籍を紹介する講義日と、後日参加者と共にその内容について語り合う座談日をセットにした、松葉舎ゼミを開催しています。塾生は無料で参加できますので、お時間のあるときはぜひご参加ください。詳細については、松葉舎ゼミのページを御覧ください。
Q. 周りの塾生のレベルや授業での話し合いについていけるか不安に思っています。
A. あまりご心配いただくことはないと、こちらでは思っています。といっても、簡単に話し合いについていける、という意味ではありません。当塾さまざまの分野から人が集まっておりますので、同じ分野の仲間内で話しているときとは違って、簡単には以心伝心できない場面が多いとは思います。ただ、にわかには言葉が通じない中で、しどろもどろになりながらも、粘り強く対話を続けていく、そうすることで自分の言葉を磨き、相手への理解を深めていくことが当塾での日常風景ですので、「簡単には話し合いについていけない」ことがある意味あたり前、特別ご心配いただく必要はないと思っています。聞き慣れない単語が飛び交うことも多いと思いますが、そういう時には周りの塾生もおなじ思いを抱いていたりしますので、気兼ねなく話をさえぎってご質問いただくことで、当塾でのぎこちない対話にご参加いただければと思います。
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